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留学体験記 村上智洋先生Study Abroad Experience(Dr.Murakami)

 真ん中がHoon教授、右側が一番お世話になったInstructorのMatias先生

 
私は2018年8月から2020年7月までアメリカCalifornia州Santa Monica市にあるJohn Wayne Cancer InstituteのDave Hoon教授のラボに研究留学しましたので、その体験をご報告します。

きっかけ

留学のチャンスは突然やってきました。大学院生4年生目前、学位申請に必要な論文も無事に採択され、留学に行きつくまでどうしたら良いのだろう…トランプ大統領になってから留学が狭き門になったとも聞いていましたし、現実的にはそんなに簡単にはいかないよなと思っていたところでした。ある日、当科主催の縫合セミナーで学生さんと話していたときのことです。竹内教授から突然背中をポンポンとされ「留学行きたい?」と聞かれました。驚きのあまり今思えば半端な「はい。」をした思い出があります。家族のこと、当科で担当している仕事や研究のことがグルグルと頭の中をめぐりはしましたが、半ば本能的に行きたいと意思表示したのは、自分の本心だったとおもっています。小学生の頃にアメリカで住んでいたこともあり、いつかまたアメリカで英語を使って仕事したいという夢が叶うのだという喜びの感覚はじわじわ沸いてきました。妻も当科の病棟で長年勤め、指導者的立場になってきていたので辞めることに迷いもあったようですが、留学に付いてきてくれる決心をしてくれました。竹内教授の他にも留学経験のある坂口先生、菊池先生、山本先生にアドバイスを頂き、準備は着々と進みました。

研究所紹介

John Wayne Cancer Institute:ヤシの木と青い空が美しいコントラスト

ラボのメンバー:Flexibleな勤務体制のため全員が揃った稀な一枚

John Wayne Cancer Instituteとはその名の通り、アメリカ西部劇で有名な俳優John Wayneが胃がんで闘病されたことから、彼の家族の寄付から始まった研究所です。現在はアメリカ西海岸で50以上もの大病院を束ねるProvidence medical groupの傘下に入っており、これらの病院群からの臨床サンプルはアクセス可能とする強大なバックボーンを獲得しております。John Wayne Cancer Instituteには基礎医学のラボが大きく3つあり、その中でDave Hoon教授が運営するTranslational Molecular Medicine部は館内で最大のラボです。当部署は悪性黒色腫や乳がんでセンチネルリンパ節生検を世界で初めて行った、Donald Morton先生という外科医が設立したという歴史があります。研究室は16名で構成されており、ラボの主軸の研究はcell free nucleic acidの解析であるため、そのうち10名以上の実験助手や事務方のスタッフは日々送付されてくる臨床検体(血液・尿)などの核酸抽出処理等をしております。Post doctoral fellowは3名おりまして、Adelson Medical Research Foundationという医学研究基金が掲げるリサーチテーマに従い悪性黒色腫、乳がん、前立腺がんを中心とした研究をしております。リサーチフィールドをとしては、がんエピジェネティックス、がんと炎症、DNA 損傷反応と抗がん剤耐性機序が主なテーマです。私は前任の先生が始められた食道がんの白金製剤耐性機序や乳がんのPARP阻害剤の耐性機序を研究しておりました。

研究生活

一番長く過ごした実験室Protein Room

館内奥にはfreezer room;複数の液体窒素タンクや-80℃冷凍庫があり多数の臨床検体が保存されている

San DiegoのSalk Cancer Symposiumに出席

アルゼンチンのラボ仲間とビーチでBBQ

職場全体が公共交通機関や相乗りでの通勤を奨励しているため、バスで通勤しました。サンタモニカ市近郊はハリウッドスターも多く住んでいるような高級住宅街のため公共機関は比較的清潔で安心して乗れました。朝は8時頃より仕事をしておりましたが、殆どの職員が、交通渋滞を避けたフレキシブルな時間に勤務しているため、研究室は殆ど貸し切りみたいな環境で日々仕事できました。お昼休憩は研究所の目の前にあるSt. Johns総合病院のカフェテリアを利用してました。患者さんの家族はもちろんのこと、スクラブやオペ帽子をかぶったままの医療スタッフが入り乱れ、80年代のロックがBGMとして流れている空間は最初違和感がありましたが、ルールには厳しいようで適当なとこがおおいのはアメリカっぽさなのかとも思いました。お昼過ぎにはラボのメンバーがほとんど揃いますが、3時を過ぎると帰宅ラッシュ回避のために、半分くらいのスタッフが帰り始めました。日が沈む頃になると、仕事が一段落したHoon教授がラボの様子を伺いにきます。そこで研究の進捗状況を報告したり助言を頂いたりすることもありましたが、日本のカルチャーについて話が盛り上がったりする日も多くありました。Hoon教授自身、若いときに大阪大学に留学されてたいたことや、教授の奥様が日本人なこともあり日本人にはとても親しくしてくれました。過去には同時期に10人以上日本人を受け入れていたこともあるようでラボの至る所に思い出の集合写真が飾ってあります。私達、日本人を見つけると、過去の日本人研究者の楽しい思い出話に花が咲き、時には2時間に及ぶこともありますが、日本人のことを好意的に思ってくれるってことはありがたいことです。研究業績に関しては、2週間毎のレポートの提出の他に、6週間毎のリサーチ報告会のプレゼンテーションがありました。報告会の出席者は中国人、フィリピン人、アルゼンチン人で多種多様な訛りの英語が飛び交います。発音、文法は皆各々、独特ではありますが、情熱的に議論してきます。正しい英語や文法にとらわれ、レスポンスが犠牲にしてきた、自身の英会話へ姿勢を変えるきっかけになりました。研究内容についてはさすがに基礎医学のプロ相手で、厳しい批判・指摘をうけられたことはとても良い経験になりました。ただ、がんの実臨床を経験している点では、臨床的に価値があるポイントを他のメンバーにフィードバックできることで貢献できたと思っています。Hoon教授の印象に残った言葉にTranslational Biotechnologiesという言葉があります。最新の機器や技術をすぐに取り入れTranslational(基礎と臨床)をつなぐ領域でデータを出し、その業績で次の研究費を獲得し、次の新しい技術を取り入れるという考え方です。研究のスタイルや領域を固定せずつねに流動的に新しいものを取り入れていくという考えは、言葉にするのは簡単ですが、実際のところ公的研究費の少ないご時世に研究資金が潤沢なところはさすが研究=ビジネスというアメリカらしさを感じたところでした。

Los Angelesに住んでみて

10年に一度:砂漠に野生の花が咲き誇るSuper Bloom

Yosemite国立公園の奥行きは半端ない

Los Angelesはアメリカ第二位の規模の都市で人口は約400万人と言われております。ロサンゼルス郡という周辺の地域を併せると1800万近くいるようです。人種構成はヒスパニック50%、白人30%、アジア系10%、黒人10%と言われている通り、町中ではスペイン語がありふれていますし、アジア人もそれなりにいるので自分も違和感なく溶け込んで感じられます。日本人もLos Angeles市だけで3万人いるそうで、日常生活の中でも時折日本語は聞こえてきます。日本食スーパーも近所だけで3店舗もあり、価格競争の甲斐あってか日本で買う価格の1.5倍くらいで手に入ります。全体的に物価が高いので、日本の食品はむしろ安価な部類です。住んでいたあたりは有名人が住んでいる高級住宅外からほど近いだけあって、アパートは1LDKで月$2000あたりが相場。日本人の許容範囲内の安心感を手に入れるには月$2500くらいださないといけなく、厳しいながらもラボから給料のおかげで月10万程度貯金を切り崩しながらで乗り越えられました。築60年の古い物件でしたが、ジムやプールもあり優雅な日常を過ごせました。気候は素晴らしく、日本の春・秋のような気候がつづく4月から8月、時折乾燥した熱風により山火事の起こる9月-11月、雨が多く湿った1月-3月と大きく分かれている印象ですが、晴天日数は年間300日近くにもなり、雲一つ無い青空が憎らしく思うときもあるほどです。ただ、素晴らしい気候は海沿いのエリアだけで、10数キロ内陸に入るだけで厳しい砂漠気候が体感できます。荒々しい大自然の中に、車でアクセス可能な国立公園がいくつもあります。Death Valley、Joshua Tree, Yosemite、Sequoia、Grand Circleと行ってきましたが、総てにおいて広さ、高さ、奥行き、でかさなど、五感で受け止めきれないほどのスケールでした。大自然の中で特に印象的だったのは「Super Bloom」でしょうか。私の赴任した1年目の冬は雨が多かったせいで、翌春に砂漠地域で野生の花で荒野が埋め尽くされる10年に一度ほどしかない現象が起きました。広大な大地が見渡す限り絵の具で塗ったような鮮やかな色に覆われ、日本の満開の桜とは違った感慨深いものがありました。車椅子で連れてこられたおばあさんが目を潤るませながら「天国のようね、これで思い残すことはないわ!」と言っていたのが感動的でした。他、印象的だったのはプロスポーツ観戦です。Los Angelesにはアメフト、野球、バスケ、アイスホッケーー、サッカーなどのプロチームがあり通年楽しめます。世界最高峰の技は素人目でも凄いし、会場を飽きさせない光と音による演出がさらに華を沿えます。私は大学生時代、ゴルフ部でしたのでPGA Tourが近くに来たときは欠かさず足を運びました。CaliforniaはTiger WoodsやPhil Michelsonといい超有名選手を輩出しています。テレビでみるよりも巨人という印象はなかったですが、鍛えられていて服越しでも筋肉の凄みが伝わってきます。ファンサービスを大事にしているのも印象的でロープの外のファンとはハイタッチしてくれるし、話しかけると応えてくれます。スーパースターになっても、偉ぶることのないプロの姿勢は、プロ意識という面で勉強になりました。

アメリカ研究生活を振り返って

超名門UCLAの構内散策できます

日本で言うところの桜!?ジャカランタ満開

日本では決して味わえない、自分のキャリアの中での非日常を体験できました。日本とアメリカの違いについて考えてみると、例えるならばアメリカ車と日本車の違いに近いような気がします。排気量、パワーはあるが、燃費は悪いというのがアメリカ的ならば、無駄がない、コスパが良いというのが日本でしょうか。アメリカの研究はとにかく莫大なお金と力技で突き進んでいるという印象です。The Cancer Genome Atlas Program(TCGA)等の大量のがん遺伝子データは日々Updateされ、Bioinformaticianがあらゆる解析手法をもって紐解いております。日本に帰ってからこんな時代にどのように医学研究に絡んでいくかを考えたとき、やはりパワーで真っ向勝負するのは難しいと思いました。John Wayne Cancer Instituteはアメリカの名だたる研究施設と比較すると小規模な研究所なので、この施設での研究のスタイルや方向性の取り方は、浜松で活かせるような気がしました。竹内教授が留学行く前、食道の扁平上皮がんはマイナーだからチャンスだよと言っていたのを今になって考えさせられます。アメリカ車が入るのが難しいような細い道(領域)を、日本クオリティの軽自動車で隅々まで入っていくような感覚が近いでしょうか。そんな事を意識しながら、今後どのようにリサーチをしていくか考えたいと思っています。
最後になりますが、私に留学の機会を与えてくださった竹内教授、基礎研究を学ぶきっかけを頂いた今野学長・菊池先生、海外留学を応援してくださった浜松医大同門会の先生方や医局の諸先輩方にこの場をお借りしてお礼を申し上げます。